15 9月

次世代の党イフコン in 横須賀

次世代の党イフコン in 横須賀を9月13日(日)に開催しました。私の宣伝不足で参加者が少なかったですが、党員の方々が横浜から駆けつけていただきました。また次世代の党本部からも手伝いに来ていただきました。参加いただきました方々、お手伝いをしていただきました方々、誠にありがとうございました。また講師の永井宗直様、ありがとうございました。講演の内容を書かせていただきます。

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「禅と教育」~無関心社会に思いやりの心で~
臨済宗建長寺派 岩戸山 満願寺住職 永井宗直
『私を嫌っている人々も幸せでありますように』

● 愛の反対は「無関心」(マザー・テレサ)
利便性の追求、無関心を育てつつある社会 では、愛を生み出すには・・・        「愛とは自分求めているものを、相手に差しだすこと」

● 2015.6.30新幹線火災事件を考える
新幹線火災事件は様々な問題があるのではないか。
高齢者の貧困問題-無関心の社会に拠り所になる場がない、・・・
厳しい声をあげるその前に、なにかできることはないのか・・・?
自分を固定しておいて、まわりの世界が変わってほしいなど無理な話
まわりの変化を期待するのではなく、自分を変えることはできそう
孤立・非現実的な望みが多く、まわりが悪いと思ってしまう。自分を見ずして。まわりを変えようとする。テロ行為。
●「如実智見」つらくても、事実をはっきりみることは大切

● 公案「百尺竿頭に一歩進め」
変わらないことに対する執着と欲求こそが私たちを金縛りにし、動くのを恐れさせる。

● 不自由(必然)の自由、
背伸びする自分をやめる、ありのままの自分、
弱点も否定しないと、いつの間にか強くなれる。
チョロQの原理、いちどマイナスの方へ行くことでプラスの方に勢いが増す。
あなたは、あなたであればいい。

● 目的本位の行動
「おはようございます!!」その時の自分の感情にとらわれずに元気よく。やる気スイッチ。目的本位の行動で!考えすぎないように。(森田療法)
● HONDA「負けるもんか」 本田宗一郎
『がんばっていれば、いつか報われる。持ち続ければ、夢はかなう。そんなのは幻想だ。
たいてい、努力は報われない。たいてい、正義は勝てやしない。大抵、夢はかなわない。
そんなこと、現実の世の中ではよくあることだ。けれど、それがどうした?
スタートはそこからだ。 技術開発は失敗が99%。 新しいことをやれば、必ずしくじる。腹が立つ。だから、寝る時間、食う時間を惜しんで、何度でもやる。
さぁ、昨日までの自分を超えろ。昨日までのHondaを超えろ』。

● 路に迷ったらどうしますか
水が澄んでくるのを待つと、本当の自分が見えてくる
求めることをやめ、ただ坐ったのが仏陀。[菩提樹下の瞑想]
「よく見ればナズナ花咲く垣根かな」芭蕉
心に曇りがあると、道端の花に気がつかない

●「無分別の分別」~苦しみの心がそのまま安らぎの様~「悟りは迷いの路に咲く花」

● 無心のすすめ
無心とは「No mind・No thinking」ではなく、『Fresh mind・Fresh thinking』だ!
一期一会「とらわれがなく、今に心がちゃんとある」
永井宗直著『無心のすすめ』(集英社)

●「坐禅」とは、自分と外界を分離する認識がなくなって、内も外(損得)も同じ、私という感覚が抜け落ちる(思考がなくなるとむしろ五感は冴えてくる)。
私を離れたあるがままの状態。
「理想という自分」を一度捨ててみれば、何だってできる!
自分の視野でみる世界がこの世のすべてだと思っていないか。
邪魔をしているのは、むしろ自分だと気づく。
「観音」アブァローキタとは、アウエイ・ルック(離れて観ること)。

●『苦しみは なくならないよ 苦しみで なくなるのだよ』(荒 了寛)
●[六波羅蜜] サトリへ至る 六種の実践徳目
布施・・・与える喜びを知る。手放すということ、与える喜び、とらわれからの解脱。
「もの持たぬ たもとは軽ろし 夕涼み」白隠禅師
持戒・・・身を慎む。自分にけじめをもつ。「させられている」。から、「している」。
忍辱・・・感情に流されず、辛抱強く物事にあたる。
精進・・・するべきことに、努力する。時には断る(取引しない)勇気も必要。
禅定・・・心を静かにしてみる。冷静に。大自然に生かされて生きている在り方、
自分を自然に戻してゆく(禅)。
智慧・・・ものごとの道理を正しく、全体として正しく、深く理解する。

●思いやり
ドアひとつ、に「自分の後ろに続く人を思いやる心」学生達の顔を一瞬、美しいものに変える。自動ドア(現代は、自分だけで生きて行ける世界をつくってきた)人間相互の助け合いの機会を減らしてきた。(渡辺和子)
愛されることより愛することを。理解されることよりは理解することを(マザー・テレサ)
愛されているだけでは、生きがいは育たないということ
自己中心の生き方では満足はできないということ

●禅は心の平衡感覚
この世はある意味、不公平。大は大、小は小。理想を捨てて、世間的価値観なんか離れてそのままで結構だという主体性。覚悟してしっかり向き合って生きていけばいい。
小を大に、大を小に平均化するのではない。心の平衡感覚が禅。
弱点も否定せず、正当化もしない。悟れば関係ない!自他の区別をなくす

● 世界はONE FAMILY!(ブルースリー)
● マザーテレサのことば
先進国にも、ひとつの貧しさがあります。それは、お互い同士、心を許していない貧しさ、精神的貧困、淋しさ、愛の欠如から来る貧しさといっていいでしょう。愛の欠如こそ、今日の世界における最悪の病です。愛とは、大きな愛情をもって小さなことをすることです。
他者のことをわがこととして担い、ともに生きてこそ、生きがいがあるということ
●禅問答(公案)*竜潭吹滅 無門関♯28 龍潭和尚と徳山和尚(周金剛)の問答
龍潭(りゅうたん)和尚のところに、「金剛経」研究の第一人者であった徳山という男が尋ねてきた時の問答。
暗闇に慣れろ 本当の苦しみは、他人の助けによっては救われない。
自分ひとりで脱出しなければならない。目が暗闇になれてくるように

●『わたしの良寛 』・・・   「無心のすすめ」永井宗直著(集英社)本文より
昨夜はみなの温かい真心がホカホカと一杯に詰まった慰問袋を枕に、友達とドロップなんか舐めながら本当に楽しかった。今夜は歩哨だ。休憩の合間々々に筆を執る。叔父さん達の部隊も大分奥地に入って了ったので、時々敵の夜襲があって、少し緊張している積もりだ。考へてみると、テクテクと馬を牽き牛を追ひ、随分遠くまで来てしまった。白い綿の実の波うつ丘も越えたし、海のやうに広い麦畑の中を泳いだりもした。(中略)
上海郊外を出発してから、いかめしい城壁で取り囲まれた南京を通る頃には、粉雪がチラチラ降っていた。しかももうこの頃では揚柳の梢に鵲が大きな巣を営み始めて、萌黄に色ばんだ野原に雲雀が低く飛んでいるのだ。
それなのにここではまだ人々は喧嘩をやめようともしないのだ。大砲の弾はドカーンと勇ましく破裂する。その度にみんなのお父さんやお兄さんやその他の人達を沢山傷めてしまふのだ。叔父さん達はそんな弾丸など一生懸命に運んで居る。叔父さんは時々不思議な気持ちがする。
「おーい、中国の兵隊さん、煙草を一服喫ひませんか」と、こっちの塹壕の中から声をかけたなら、きっと向ふの人達も
「スイスイ(ありがとう)と、ニコニコ手を差出すに違いないと思ふのだ。
戦争はいけない事だ。しかしいまかうして戦ひ合っている人々の中には、一人もいけない人は居やしない。唯だ戦争だけがいけない事なのだ。叔父さんは沢山の中国の兵隊さんだの、その死体を見た。若い捕虜兵も見た。百姓の着物を着て、知らん顔してニコニコ笑ひながら日本兵の手伝いをしてゐる敗残兵も見た。その他沢山の人達にも会ったのだが、憎い敵兵は誰の一人も見やしなかった。
戦地に来てまだ一発の弾も撃たない人が居るとしたら、それは叔父さんだけだろう。これは実に残念なのだ。  (三儲軍談 北方派遣軍麾下の勇士は語る/北川省一)
● 慈悲の瞑想
アルボムッレ・スマナサーラ長老
私は幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとが叶えられますように
私に悟りの光があらわれますように
私は幸せでありますように(三回)
私の親しい人が幸せでありますように
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願いごとが叶えられますように
私の親しい人々に悟りの光があらわれますように
私の親しい人々が幸せでありますように(三回)
生きとしいけるものが幸せでありますように
生きとしいけるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとしいけるものの願いごとが叶えられますように
生きとしいけるものに悟りの光があらわれますように
生きとしいけるものが幸せでありますように(三回)
私の嫌いな人々も幸せでありますように
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように
私の嫌いな人々にも悟りの光があらわれますように
私を嫌っている人々も幸せでありますように
私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように
私を嫌っている人々にも悟りの光があらわれますように
生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)